2000年11月10日撮影
前書き
HP管理人は2005年にFTR250を処分しましたが
このページは記録として残しておくことにしました。BBSは書き込みできますのでどうぞご活用ください。
ご覧の通り車体は、ほぼフルノーマルで、ハンドルを交換して車幅を詰めているくらいです。
エンジンはサンドブラストされてて、オリジナルのブラックとは趣がすこし異なっています。
エンジン本体は京都の Vital Spirit(ヴァイタルファクトリー) のチューンで
40,000kmを超えたいまでもなかなかの出足です。
エアクリーナーは、取り外すとバルブシートやピストンリングをいためるから…と聞いたので
そのままです。いわゆるスカチューンじゃありません。
キャブはメインジェットを125番に上げています。
このFTR250を手に入れたのは1990年。
知人からエンジン焼きついたから、
あなたなら自分でいじるだろうからどうだ?と持ちかけられて
二つ返事で不動車を譲り受けたのがそもそもでした。
「これでダートラの練習でもして乗りつぶしてやれ」
という感じでとりあえず腰上をばらして、
焼き付いたシリンダーまわりを応急的に手当てして、
10、000キロほども乗ったかな?結局ダートラはやらなかったけれども。
で、焼き付きの原因はバルブのステムシールが破れてたからだったようなんですが、
そこを直さなかったために、
「再度のオイル下がり→焼き付き→ピストン突き上げ」
というパターンで一度は阪神高速の露と消えたこのバイクでしたが、
なにか捨てがたい魅力があってそのまま4年ほど放置していました。
これがそのときのピストン
このころ私は不動車ばかり6、7台ほどもバイクを所有していて
1台消え、2台消えで結局手元に残ったのはこのFTRのみ
という感じでもういちど乗ってみようか?と思い立ったのが1994年。
しかしここまで破壊されたエンジンを直せるひとなんているのか?
と考えてた折、「ガルル」誌になんだかすごい理屈っぽい連載広告を載せてる
ショップがあるなぁと気になっていたんですが、
それが「ヴァイタルファクトリー」でした。
たぶんこの人ならまかせられるんでは?と思い、
エンジン持ち込みで、
オーバーホールをお願いしました。
元来がエンデューロレースが主のショップのようでしたから、
むこうもずいぶん胡散臭い客だなぁと思ったに違いありません。
でも断られることもなく、4ケ月ほどで完成したエンジンを受領することができました。
ちなみにこの時の破壊されたピストンは、当時「Back Off」誌に連載されていた、
チューニング理論の記事の実際例として掲載されました。
社長は「これであなたも有名人」と皮肉ともつかない冗談を言ってくれましたが
笑えなかった記憶があります。
ヴァイタルオリジナルの270ccピストンに、
競技用XR250Rのシリンダーヘッドを組みあわせたエンジンは、
快調そのもので、いまでも自在に走ってくれます。
カムはヴァイタルオリジナルのハイカムのはずですが
仕様書をもらってないので詳細は不明という現状です。
あと、PJキャブを組み合わせたらもっと走るのかなぁとも思いますが、
FTRはもともとPJもどきのキャブがついてるから
始動性とかもXLRなんかとは比べ物にならないくらい良いしなぁ…
と自分をごまかしてメインジェット交換くらいで済ましています。
あのホンダが再版したがるくらいだから、まぁ値打ちはあるんだろう。
もっかいオーバーホールして乗り継ごうかなぁ、
というのがいまのところでしょうか?
↑モチベーション低いね!われながら(笑)
お笑いメンテナンス日記
FTRのBBS
FTR223、250のBBSですが、とくに話題を限定しておりません
01年6月2日に、キャラクター掲示板にリニューアルしました
こちらから Enter
2009年1月までのログはこちら
2002年までのログはこ ちら
FTRのストリートカスタム
2002年7月7日
2001年12月16日
2004年 4月26日
FTR250の技術関連の雑記
どちらかというと”ティーダバー”の親玉のような
ファッション的な捉え方をされることが多いFTRですが
その競技車両的な成り立ちには、知るにつれて感心することがあります
あまり語られることがないようなので、おこがましいようですがその採録です
興味ないひとにはまったく面白くないかもしれないけど
息の長いオフロードの定番エンジンRFVCに関するうんちくです
FTR250のパーツリスト
02年7月21日 アップいたしました。
FTR250の配線図07年8月5日 アップいたしました。
ホンダのダートトラックレーサー
84年サンホセ・マイルのファイナル#11スコットパーカー(ハーレーXR750)
#3リッキーグラハム(ホンダRS750D)、#67ババショバート(ホンダRS750D)
のトップ争い
ダートトラックというのはアメリカで盛んに行われているモータースポーツで、
土のオーバルトラックを逆ハンドルきりながら周回して順位をあらそうレースです。
サイドワインダーは、
80年代のはじめにホンダの現地法人が独自に開発したダートラレーサーです。
これに触発されたホンダが、
その後数年間メーカー謹製のダートラレーサーをアメリカ向けに供給し、
独占状態にあったハーレーダビッドソンの牙城をくずすことになります。
FTRはその栄光を記念したいわばメモリアルモデルで、
レプリカブームという時代を反映してか過激なまでのフル競技仕様となっております。
まずはその源流となったサイドワインダーについて
アメリカのダートトラックには距離別にマイル、ハーフマイル、ショートトラック
TT(ジャンピングスポットなどをふくんだコース)の4種のコースがありましたが
そのうちの長距離クラスにあたる、マイル、ハーフマイルのために開発された、
Vツインの主力戦闘機。RS750Dについて
こちらは短距離クラスのショート、TT用のシングルレーサー。RS600Dについて
F1やGT選手権でおなじみの無限がリリースする、01年型の最新ダートラレーサーです
MC&SMILEさんから、無限MFT市販タイプの資料が届きました。
初回ロットの生産は終了済みのようですが、参考資料として掲載させて戴きます。
ライダーの紹介
たぶん知らないひとはいないと思うけど、あのフレディスペンサーです
日本ではなじみが薄いですが、フレディに続くホンダワークスチームのエースライダーです
これまた日本ではなじみが薄いですがリッキーの次のエースライダーです
89年のロード-レース日本グランプリにCABINレーシングチームのライダーとして
出場してたんですよね、ホンダNSR500で。
インタビューを受けてる様子なんかいかにも人のよさそうなお兄ちゃんという感じで
好感がもてたんですけどねえ。まさか次のレースであんなことになるとはねぇ…
フレディ・スペンサーのプライベートチームから出場していたひとで
GPファンにもなじみのふかい名前ですよね
カジバの500でシュワンツなんかとトップ争いしてたのが記憶に残ってます
あと、おなじチームからランディ・ゴスっていう有名選手も出てたはずなんですが
資料がなかったんでパスです